彼女の恋愛トークと結婚できない負け犬な自分
大学院時代の友人が米国出張でカリフォルニアに来るというので、絶対会おうね!と盛り上がった。大学院時代の・・・と言っても、たまたま同じベイエリアに住んでいただけで私と彼女では留学のレベルがちょっと違う。
小さな街のこじんまりした大学院で知名度もあまり高くない分野の学位をとった私と比べて、彼女はサンフランシスコにある有名な大学院でMBAをとったというエリートの王道を行く人だ。
ベイエリアの日本人会というコミュニティのパーティで私たちは知り合い、同世代、女性同士ということで友人になれたけど、本当は彼女を自分と対等に「大学院時代の友人」なんて呼ぶのはちょっとおこがましい感じだ。
でも、大学院に留学にくる女性というと勉強ひとすじで恋愛なんてどうでもいい、といった雰囲気になりがちな中、私も彼女も「卒業することが第一だけど、恋愛も大事よね」という共通の基本スタンスがあったので、とくに仲良くなれたのではないかと思う。
ジーンズに彼氏シャツが定番のキャンパス風景の中で、私はどうしてもフェミニンなニットとかたまにはミュールでの通学といったスタイルをあきらめられなかったのだけど(それにしても東京OL時代に比べたらかなりカジュアルだ)、そういうところも私と彼女の共通点だった。
卒業後、私はアメリカで仕事を始め、彼女は日本に帰国して就職した。
私がアメリカに残ったのはとくに明確なキャリアプランがあったからではなくて、「せっかく来たのだしもう少し・・・」という曖昧な理由でなんとなく残ってしまったというところが大きい。それに対し彼女は留学前から、卒業したらこんな会社でこんな仕事、その2年後にはステップアップしてこんなキャリアを、という具体的目標ができていた。いろいろな意味で尊敬する友人だ。
さて、彼女の出張スケジュールはかなりタイトでなかなか食事する機会がつくれそうにない。それで結局、彼女が帰国する日、空港でお茶しながら話すことになった。
会ってまず最初にするのはやっぱり「ガールズ・トーク」なのだ。恋愛のこと、結婚のこと。私の近況に対する彼女の反応は、私のほかの友人たちと変わらない。最初はびっくり、神妙にうなずいて私の話を聞いて、最後は「本当に好きな人を選んだんだからそれで良かったのよ。美樹ちゃんなら絶対幸せになれる」、そう力強く請け合ってくれる。
それから仕事の話になる。日本に一足先に帰っていた彼女に、私は久しぶりの母国での生活についてその感想などをぜひ聞いてみたいと思っていた。
カルチャーショックより、逆カルチャーショックのほうが深刻だ、と私が卒業した大学院の教授が言っていた。つまり留学生活のあと帰国して味わう違和感とか、母国に対する不満とか。あくまでも一時的な滞在と思っている外国より、一生住む母国で受けるショックのほうが複雑で長期的なものらしい。
私はたかが5年の外国生活でショックを受けるほど日本から遠ざかっているとは思わないし、妙にアメリカナイズされて何かと言えば「アメリカでは・・・」と言いたがるタイプには絶対なりたくないと思っているのだけど・・・。生まれ育った国なんだからあっというまにまた馴染めるはずだとは思っている。
でもそう思うからこそショックを受けるのが「逆カルチャーショック」の難しいところらしいので、先に経験している彼女の話には興味があった。
試着室で靴を脱がずに怒られた、とか、タクシーのドアを自分で開けようとしてしまった、とかありがちなエピソードを彼女はいくつか披露してくれたけど、基本的に思い描いた通りのキャリアを実現しつつある彼女は自信にあふれていて前向きなので「日本は嫌だ、アメリカに帰りたい」などと思ったことは一度もない、と言う。
そうなんだ・・・と相槌をうちつつまだ少し不安な私に、彼女は少しプロフェッショナルな表情になって確認しはじめた。
美樹ちゃんはアメリカに5年だよね。そのうち最初の2年が学位習得、残りの3年で実務。今、日本に帰るのはとても賢明な選択だと思う。日本では「最低でも3年の実務経験」という条件がすごく多いんじゃないかな。これで留学後すぐ戻っていたらエントリーレベルでスタートするチャンスが日本にあったとは思えないし、本当にいい選択をしてきたよね。いいタイミングだと思う・・・
そうやって彼女が理路整然と話すと、まるで私が本当に賢明な選択を重ねて計画的にここまでやってきたかのような錯覚を起こして突然いい気分になってくる。
実情は・・・
彼氏の実家に近い場所に住み、休暇ごとに帰ってくる彼とできるだけ過ごせるようにして、「そのうち結婚すると思うんだけどなかなかプロポーズしてくれないなあ」と思いながら仕事を3年続けて、いざ結婚!となったら目の前に可愛い年下の男の子が現れて恋におちて婚約解消・・・、で、年下のカレと一緒にいたくて「アメリカはもういいわ」とばかり日本に帰国。
なんだけど。
恋愛中心に生きてキャリアを犠牲にしてはいけない!などと自分を責めていた気持ちがすうーっと楽になって、あーこれで良かったんだ.。それからこうも思った。
恋愛ばかりじゃない、恋愛だけじゃない、って。
恋に落ちると、私はいつも「恋愛ほど楽しい人生の娯楽はない」って毎日叫びたくなる。けれどそれは恋愛による高揚が私をそうさせているだけで、人生には恋愛以外のエキサイティングな瞬間や達成感で涙が出てくるような出来事がたくさんあることを、私はちゃんと頭では理解している。
聡明な友人を目の前にして、恋の話もキャリアの話も同じくらいの熱心さで意見を交わしながらずっと以前のことを思いだした。
私は失恋したり恋愛がうまくいかないとやたらネガティブになって「世界でひとりぼっちだ」とか思いつめる(昨日の日記にあるように)。
そういう時期が20代前半に一度あったのだけど、そのころ、毎朝自宅を出ると、ちょうどすれ違うタイミングで小さい子供を連れたママさん軍団に出くわした。
今でいう「勝ち犬」の集団だ。
主婦、子供、結婚している人たち、そういう存在が落ち込んで孤独な私にはまぶしくて手が届かない世界のようで、毎朝彼女たちとすれ違うのが苦痛だった。
けれどあるときふと冷静な気持ちに戻って考え直したことがあった。
橋の上で(彼女たちとすれ違った後、橋をわたるのだ)、私は立ち止まった。ちょっと待てよ、と自分に声をかけて。
ちょっと待てよ。あの人たちは私と大して年齢が違わない。せいぜい27、28というところ。私、そんな年齢で主婦になって子供連れて毎朝慌ただしく出かけたいだろうか?こんな地元の主婦でなんか楽しいだろうか?
ううん・・・
そこで彼女たちを振り返る。スニーカーに短いソックス。その上の手入れされてない生白い足のすね。私はすごく意地悪な目で主婦たちの姿を見送った。それからひとつの誓いをした。
悪いけど!私の人生は、あなたたちより数百倍楽しい、数千倍エキサイティング、そして最後には比較にならないほどゴージャスな結婚生活でしめるから。20代の今はその準備で忙しいってわけよ。すぐに結婚なんてとても考えられないのよね。
それで10年余がたって、恋愛体質な私は、ほんとうに結婚もせず、結婚できない女に成り下がってしまった……。
けれど誓いは守ったと自負する。本当に楽しかった。初めての海外生活で戸惑ったことも嫌な思いをして泣いたことも、でも乗り越えていつかすっかり馴染んだことも、最初のファイナル試験が終わった日に徹夜明けでぼおっとしてるのにみんなでビーチに出かけて砂浜の上でうたたねしたことも、卒業式の日にみんなにハグとキスをしていたらいつか涙でかすんで誰の顔もぼやけていたことも・・・、恋愛だけじゃない。人生は恋愛だけじゃない、考えてみればあたりまえのことだけど。卒業のあとに続く仕事の日々も、遠距離恋愛で楽しいデートの日なんて数えるほどだったけど、その間私はぼおっとしていたわけじゃない。来る日も来る日もとにかく仕事はしていたわけで、3年経てばそれは日本に堂々と持って帰れる経歴になった。
私の勝ち犬の姉がねえ、婚約解消した私を腫れ物のように扱うのね。自分は子供二人がいて幸せで充実してて、まだ一人でいる妹を可愛そうに思ってるのね、きっと。
そんな話をすると私の聡明な友人が「わかるわかる」と大笑いする。彼女にも勝ち犬の姉妹がいて、彼女自身はまだシングルだから同じような思いをしているのだ。でも彼女にはデートしはじめたばかりのアメリカ人男性がいる。恋のまっただなかなのだ、私と同様に。30代も半ばを過ぎた娘を、両親や姉妹はやきもきして見守っているのだろうけど、彼らにはきっと想像のつかない恋愛とキャリアのエキサイティングな世界で、私たちは十分楽しく生きている。
私たちはすごく幸せなのにね。別にわかってもらわなくてもまったくかまわないけど。勝ち犬の姉たちも幸せだけど、私たちも幸せ。二つの人生を比べることなんて誰にもできないのにね。
おしゃべりの最後をそうしめて、彼女は搭乗していった。そうだ、こんな女友達を得たことも、私の「100倍楽しい」人生のギフトのひとつだなあ、そう思いながら、彼女の後ろ姿を見送ったのだった。
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