彼氏の表情が元彼の表情と重なる
元彼の呪いに打ち勝った彼氏の愛?私の彼氏がアメリカに滞在していたころのこと。
何かの話の流れで、急に「ああー、おいしい和風デザートが食べたいなー、氷宇治金時とかさー、白玉あんみつ・・・」と私が言い出したことがあった。
アメリカにいても基本的な和食にはそれほど困らないのだが、私が住む地域の日本食レストランといえば「寿司、とんかつ定食、ラーメン、うどん」とかをひとつの店でいっぺんに出しているようなところがほとんど。アメリカ全体を見ても、「寿司屋」とか「蕎麦屋」などの専門店ってかなりの大都市でなければ見つからない。
和風デザートだけの「甘味処」なんて、だから、夢のまた夢だ。なんかこうおいしそうーな抹茶ソフトクリームがのったあんみつセットとか、銀座あたりによく可愛くてお洒落なお店にあるけど・・・ああいうのはほんとアメリカでは(私の住む地域では)無理。
「そんな私の気持ち、短期滞在の彼氏にはわからないでしょ!」と、このとき私は彼氏に対して訴えていたのだった。「あれが食べたい!って思ってもすぐそのへんで食べられないのってつらいのよー」と言う私に、神妙な顔でうなずく彼氏くん。
翌日。
仕事から帰って、いったん自分のアパートでシャワーを浴びて着替えて、デート仕様に変身!して彼氏のアパートへ。
ドアを開けると・・・
「抹茶白玉ぜんざい」が、私を待っていた。
彼氏の服にはあちこちに白玉粉がくっついてるし、ボウルとか抹茶の粉のパッケージが散乱してるし・・・彼氏が白玉粉を水でといてひたすら丸めていた様子が目に浮かぶようだ。キッチンに立つ彼氏の様子は心持ち疲れた感じで、でも顔には達成感の表情。驚く私を見て満足げ。腕まくりした腕にも白玉粉が・・・。
私がひとこと「和食デザートが食べたい」と言ったから。
彼氏は仕事から大急ぎで帰って来て、日本食スーパーで材料を買って、ちゃんと和食デザートを用意して待っていてくれたのだ。
それも、大きなおなべに一杯!
もう、こんなことしてくれる彼氏が可愛くて、嬉しくて、彼氏くん!ありがとう!と叫んで抱きつき、顔中にご褒美のキスを降らせたのは言うまでもない。
彼氏とつきあいだしてしばらくの間、彼氏のいる職場を仕事で訪ねるのは、楽しみな半分、ちょっと恐くもあった。
仕事をしているときの彼氏は、当然ながら、彼の部屋で二人きりでいるときに「美樹ちゃーん」と甘えてくる彼とは別の人だ。とても自然にふるまっているけど、表情があまり変わらなくて淡々としている。
普段の溺愛ぶりを考えれば、そんな心配をする必要がないことは明らかなのに、私はいつも彼のそんな表情を見ると少しだけ不安になってしまうのだ。
元彼のことを思い出すから。
私と元彼は、同じ職場の、顔をあげればちょうど目が合うような位置で働いていた。距離にして、15メートルくらい。
1か月か2か月に1度会えればいいほうだった元彼のことは、そうやって、いくつかの机ごしに遠くから顔を見ることのほうが圧倒的に多かった。私が思い出す元彼の姿も大抵、電話で話したりコンピュータに向かっている彼の、声は聞こえなくて、表情だけ。
一緒にいるときの親密さが嘘のように、遠く離れて他人のように働く元彼。連絡を待ちこがれながら、そうやって毎日、ただ見ていることのつらさと言ったら。本当に一瞬、一瞬がつらくて苦しくて、苦しみに耐えようとして一日中眉根をけわしく寄せていたせいでひどい頭痛になったほどだ。
仕事のあとに彼氏から連絡があって、「さっきの仕事中の美樹もきれいだったよ(ハート)」みたいなメッセージを見ると一気に脱力するのだが・・・
元彼の呪い、というか私のトラウマもけっこう根深いものがあるんだなあ、となかば自分にあきれぎみ。
心配する必要なんてないのに。だって、元彼と彼氏は本当に何もかもが逆だ。
元彼は私に自分の予定を一切知らせてくれなくて、朝、出社してみたら元彼がいない・・・と思っていたらそのまま二か月、海外出張だったことが後になってわかる、なんてことはしょっちゅうだった。
それに比べて彼氏ときたら、遠距離になった今でも、起きている間は1時間おきくらいの勢いで「写メール」してきてくれるので、彼が何時に起きて、朝、昼、晩と何時に何を食べたか、誰に会ったか、仕事で何があったか、今日はどんな体調か、髪型はどんなか、服は・・・、何から何まで、まるで一緒に暮らしているようにわかっている。地球の裏側にいるというのに。
アメリカですぐ側に暮らしているときもそれは同じだった。普段携帯メールで常に誰かと連絡しあっている日本の男の子ってこんなものなのかな?と最初は思ったけど、それにしても彼氏のメール攻撃は激しい・・・。
1、2か月に一度じゃなくてもっと会いたい、とどんなに願ってもかなうことのなかった元彼と比べて、「毎日会うのが基本。お互いに別の予定がない限り、会える時間は常に一緒にいたい」と言う彼氏。
元彼とは恋人同士としてつきあっていたわけじゃないから、比べること自体おかしいのはわかっているのだけど・・・
元彼を好きだった頃、10年前、まだ24歳だった私は今よりずっと若くて肌にくすみもなくて、当時の写真を見ても、ただ立っているだけでそこに光があるような、その年齢特有の華やかさがある。生物としての盛りが今じゃなくてそのときだというのは、きっと別の星からきた宇宙人でもわかるんじゃないかと思うくらいだ(変な表現だけど。生物学的本能に訴える違いがある、と言いたい)。
でも、10年後の私はあの頃よりずっと幸せで満たされている。自分のことも、あの頃より今のほうがずっと好きだ。あの頃のピンとはりつめて落ち着かない感じとくらべて、今の生活のほうがずっと楽。
若い=幸せとは限らないんだなあ。何よりもあの頃は仕事がつまらなくて、ただの事務職OLである自分が嫌でたまらなくて、かといって何か新しいことを始める気力もないほど元彼との恋愛でエネルギーを使い果たしていて、ほんと何もかも悪循環だった、何をやっていてもつらくて悲しかった。元彼に愛されていないということが、日常の物事すべてに、堪えがたいほど憂鬱な影を落としていた。
今はその逆で、毎日、何をしていてもそこには私への彼氏の視線がある。誰かが私に恋いこがれてる。その考えだけで、日常が突然、カラフルな色がついたようにとびきり楽しいものになってしまう・・・恋愛初期の陶酔感。
24歳の頃の私の写真を見ても、彼氏は「今の美樹ちゃんのほうがいい」と言い張る。ま、その逆は思っても言えないよね、と知っていてもやっぱり嬉しくて、彼氏が可愛い。
そんな彼氏が、表情によってはとてもあの冷たかった元彼に似ていて、そしてそんな表情のまま、愛しげな目で私を見つめて優しい言葉をたくさん口にするから・・・
なんだか本当に不思議な気持ちだ。
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元彼みたいな人がもう一度現れて、かつ、私を愛してくれればいいのに、とずっと思い続けていたけど、神様がまた私の願いを聞き入れてくれたのかしら。
長いこと、もう一度元彼に出会った頃に戻れたら、いろいろなことをもっとうまくやって、幸せな恋愛にしてみせるのに、と考えていた。
決して変えることのできない過去の出来事、こまかいことひとつひとつを、巻き戻しては修正し、私と元彼の台詞のひとつひとつを言い換えてみる。そんな空しい作業を、私はこの10年間、飽きることなく繰り返してきた。
神様が私の願いをかなえようとして、彼氏と出会わせてくれたのかどうかは、よくわからない。
でもひとつだけ今私にわかっているのは、今、24歳の過去に戻っても、私は何もかもまた同じようにするだろうということだ。
だって、全部同じようにしないと・・・たくさんの偶然が重なって・・・彼氏くんにこうして出会えないものね。
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