何十年後の年下の彼氏
私が一番気にいっている彼氏の写真は、彼が私の髪を染めている最中に私が撮った一枚だ。私は鏡に向かって座っていて、彼氏は私のうしろに立ち、少しうつむき加減、口元に微笑みを浮かべて、私に話しかける直前のような表情をしている。
手に透明な手袋をして、片手に染色剤の入ったボトルを持ち、もう片手で私の髪を一束すくっている彼氏。私は写真を撮っているので、デジカメの裏側の画面を見ていて、顔はほとんどカメラで隠れている。かろうじて見えている表情が笑顔なのはわかるけど。
これは東京で出張先のホテルで撮った写真で、私たちの背後にはベッドカバーが床に落ちかけているベッドとか、あちこちに移動してしまってる枕とかが写っていて、いかにもカップルが大暴れした翌朝?って感じなのも、実はお気に入りの理由。
でも私がこの写真を一番好きなのは、私の髪を染める彼氏の表情と、半袖の彼氏シャツから出た腕の形や日焼けした肌の色、透明手袋の下に見える長い指、その指にはめられたシルバーの指輪、少し下を向いた首筋にかかる襟足の髪が可愛くはねている様子とか・・・、うーん、要は彼氏が好きなんだけど、それ以上になんていうか、「髪を染めている」っていう行為そのものがとにかくお気に入りなのかな。
男の子が彼女にやってあげる数々の優しい行為の中でも、髪を切ったり触ったりすることってとくに素敵だと私は感じるのだが、これは私だけの感覚なのだろうか。
大きなバスタオルにくるまってただじっとしていればいい私と、髪を一束すくってはコームをいれて、けっこう長い時間作業しなければいけない彼。尽くされてる、かしずかれてる、っていう感覚。これに「年下の彼氏」っていう要素が加わると、一気にロマンチックな味わいが深まるというか状況が刺激的になるというか・・・小説的なドラマの色合いが生まれる・・・っていうのは私の勝手な思い込み?
「ぼくの美しい人だから」という映画で、27歳の男性と43歳の女性が惹かれあい、年齢差やお互いの境遇の違いを超えて愛し合う日々が描かれる。なにしろ女性側の女優はスーザン・サランドンだから、年齢を重ねてさらにセクシーさには磨きがかかり、ベッドシーンも堂々とこなしていて、最初は言葉よりなにより、説明のできない磁力で体ごと惹かれていった・・・という情熱的な日々の描写も確かに強烈だ。
でも、この映画で最高のロマンチック・シーンは、二人が公園を散歩していて、「靴のひもがほどけている」と言って若い男の子が彼女の足下にかがみこみ、ひもを結び直してあげる、という場面だと私は思う。
ひざまずき、女性の靴に手をのばす若い男、されるがままになって立ったまま見下ろす年上の女。紅葉の季節で、二人の周囲には黄金色の落ち葉が無数に散らばっている。散歩する他の人たちや夫婦に混じって、二人も幸せなカップルとしてごく自然にその穏やかな秋の風景にとけこんでいる。
この構図がとても上手に映画のテーマを象徴していて、確かポスターやビデオのカバー写真にも使われていた。
二人は年齢だけでなく社会的地位や境遇もまったく異なるため、女性は年下の男を愛しながらも「いつまでも続く関係じゃない」とどこか割り切っている。そんな彼女が男の真摯な態度にふと心を開いて、優しい表情で見下ろす、二人の関係が体だけじゃなくて心にまで達した瞬間を写しとった美しいワンシーンだ。
年下彼氏、年上彼女という組み合わせだと、彼女のほうが何かと相手の世話を焼いたり、ご飯つくってあげたり、レストランに連れていってあげてお金もはらってあげて、という関係になりがち。
そして事実、それも年下の彼とつきあう楽しみのひとつで、私も「今度東京で会ったときはあのお店に連れてってあげようっと」と計画したり、実際に行ったお店で「すごい、こんなところ初めて来たー」なんて目を輝かせる彼を見たりするのが大好き。教える喜びって確かにあると思う。
でも、そんな風にいつも自分が世話を焼いて、「ほら、もう、だめでしょ!」とか「もう、馬鹿ねえ」とか、子供を叱りつけるみたいに接している相手に、逆に世話を焼かれてしまう瞬間・・・立場が逆転する瞬間、っていうのに、なんとも甘美な味わいがあるのだ。
ずうっと年下の彼氏に逆にコドモ扱いされる。それがどうしてこんなに甘くて楽しくて癒されるものなのか、自分でもよくわからない。
でもとにかく、髪をなでて寝かしつけられたり、何か言おうとして口ごもったら「だめ。ちゃんと言いなさい」と追及されたりした瞬間、私は無性に嬉しかったりするのだ。あえて、観念して、負ける。突然素直になって「はあーい」と言うことを聞いて、私も甘えていいんだー、って楽になる。あるいは10歳も年下の男の子に組み伏せられてされるままになっている自分の少し被虐的な気分に陶酔する・・・そんなところなのかな。年下の彼とつきあう醍醐味?って・・・
というわけで私のお気に入りの写真は、年上女性の世話を焼く若者彼氏くんの図、なのだった。今時の若者らしく彼氏は顔が小さく、あどけない表情のくせにさすがもとプロスポーツ選手、腕の筋肉がしっかりしていて、それは小さな染料のボトルを持っているだけでもクッキリと形を浮き上がらせて素敵な感じ。肌つやもいいのだ。でもカメラの陰の私は、寝不足のせいもあって(後ろに写る乱れたベッドも語っているように)、ちょっと顔色が悪くてやや老けて見えるのだ。
それがまた私のお気に入りなんだな。そこまで「醍醐味」を極めなくても、と思われるかもしれないんだけど、この写真に表れた二人の年齢差、プラス、彼が私の髪を染めているっていう構図、両方合わせてこそ、味わいが深くなっているので。年上らしい自分が好き。本当に。(毎日真剣にマッサージと美容液ケアしてますが!)
ところで最後に関係ないけど、「僕の美しい・・・」を観た当時、私は自分自身が若すぎて、映画の「若者」である27歳自体がずっと年上のオッサンのように感じていて、それと40代の女性の組み合わせって宇宙の彼方くらい理解できなかったっけ。
南美希子さんというもとアナウンサーの女性が「年をとると、年下の男性とつきあう楽しみもできていいものです」とエッセイで書いていたのを読んだ頃も自分がハタチそこそこだったので、「25歳の男の子とつきあったりすると可愛くて」とか書いてあるのが「え、25歳のどこが若いの、可愛いの、ていうか気持ち悪い」くらい思っていたっけなあ・・・あの頃は25歳の男性といったらすっごく大人で自分の知らない世界を見せてくれるのではという気さえしていたけど。自分が超えてしまうといきなり「可愛くてまだ何も知らない男の子」に思えてしまうんだな。
うーんこの調子でね・・・80歳になったとき「彼氏が年下で可愛いの、まだ60で」とか言ってたらどうしようとか思ったりするこのごろだ・・・
スポンサーリンク
スポンサーリンク